こんな簡単な単語が通じなかった 桂林/guilin 2005年(中国遊記番外編) 陽朔での一週間あまりの滞在を終えた僕は、一旦桂林に出て、棚田で有名な竜勝に行くことにした。欧米人の旅行者が多く英語の通用度がそこそこあった陽朔と違い、ここから先はいよいよ中国語が必要となるだろう。この旅の出発直前まで仕事に追われて勉強する時間がなかなか取れなかったが、そろそろ試すというか試される時が来たかなと僕は思った。別に英語があまり通じない中国でなくとも、片言でも現地の言葉を使い、それが通じた時の嬉しさは今も変わらない。僕にとっては、外国旅行の楽しみの一つでもあった。 バスの切符を買うのはこれで三度目だった。広州と梧州では自信がなかったので、素直に紙に書いて窓口に差出し、これといったトラブルもなくここまで来ることが出来た。しかし紙に書かなくとも、普通の旅館に泊まり普通の食堂で食べてきたわけだ。何となく自信がついてきたし、自分もここらでいい加減に、紙に書いて切符を買うことからは卒業するかと、少し気合を入れた。桂林のバスターミナルに着いた僕は、バスが無造作に並ぶ埃っぽいターミナルにいた、係員と思われるおばさんにさっそく訊いてみた。 結果は散々だった。竜勝が通じないのだ。竜勝の拼音/pinyin(平たく言えばふりがな。漢語を学ぶ外国人は重宝するが、意外に中国人の間では知らない人が少なくない)は、「longsheng」。それほど難しい発音だとは思えないが、なんで? あくまで僕の経験則だが、中国語に限らず外国語の発音を会得する際に、最も重要なのは母音だと思う。もちろん子音が適当でいいというわけではないが、この竜勝でいえば第二音節の「e」となる。そして僕が見た感じ、中国語の「e」は英語の「ʌ」の発音に近いと捉えていた。だから舌を宙に浮かせて、必死になってション、ションと言ったのだが。 やっぱり駄目だ。持っていた地図帳の目的の場所を示すと、おばさんは声高に「ロンセン!」。なんだよ。カタカナじゃないか。 もうずいぶん前の話になるが、確か80年代の終わり頃にマレーシアのコタバルという街で華人が経営する宿に泊まっていた時、その宿の男性と中国語について話す機会があった。彼が自分の胸を指しながら言った我是/woshi(私は)は、ウォシィではなくウォスゥと聴こえた。 すでに中国旅行は経験済みで、多少は漢語を齧ったことがある僕だったが、その時は人によっても違うのだろうくらいにしか思わなかった。その後も中国に行くものの、行った場所(雲南省)が違ってたり、日本人と行動することが多かったためか、そんな細かな差異に気づくことはなかった。もっともそれ以前に碌に中国語が出来なかったわけだが。 しかし少しは勉強した甲斐があったのか、今回の旅で思い当たることがいくつか出てきた。広州では全く気づかなかったが、梧州の宿に泊まっていた時。例によって瓶ビールを買って帰り、宿で栓抜きを借りお礼を言ったのだが、返ってきた応えは没事/meishi/メイシィではなくメイスゥだった。宿の向かいにあった雑貨店で、ビールと共に何度か水を買ったのだが、店のおばさんの発音は水/shui/シュイではなくスイだった。他にも陽朔の発音がヤンシュオではなくヤンスォだったり、是の否定語の不是がブスゥだったりと、ことごとくh音が欠落していた。 方言大国なのだから、これくらいは大したことではないのかもしれない。ちなみに初めこのh音の欠落は華南地方の方言かと思ったが、後に行った湘西(湖南省西部)や重慶市東南部でもほぼ同様だった。かなり広い範囲に渡ってそうなのだろうか。 陽朔郊外の興坪という村に行った時、幼稚園の壁に「讲普通话(これは正確ではないかもしれません。この語の間に何かの単語が入っていたかもしれません)」と書かれてあるのを見た。普通語で話しましょうと呼びかけているのか、ここでは普通語で指導していますと宣伝しているのか、意味が分かりそうで分からなかったが、そもそも普通語の発音自体に違いがあったらどうなるのだろう。 中国の宿では20元くらいの安宿でもテレビが付いていることが多い。僕も毎晩のように見ていたが、一言で言えば字幕が凄いのだ。日本でも特にバラエティ番組などで、テロップが過剰に映し出されることがあるが、こlれは通訳というより演出効果の意味合いが強い。しかし中国のそれは、ストレートに通訳という感じが、強く押し出されているように思った。そうでもしないと立ち行かないのだろうと思うと、何だか気の毒にも思えてきたが、こういった努力は称賛していいと思う。 是がシィでもスゥでも大した違いではないかもしれないが、僕が知らない同字異音が、もっとたくさんあるような気がする。簡体字を達成した国語の次の目標は、いよいよ発音の統一だろうか。 標準語の統一にほぼ成功した国から来た旅行者の僕から見れば、つくづく官も民も大変な国だと感じました。余計なお世話なんだろうけど。 |
清流とサイクリング 陽朔/Yangshuo/阳朔 2005年 - 生活の場が有料観光地を兼ねると/龍脊棚田と程陽橋 中国 2005年
中国遊記 2005年
Travel Diary