生活の場が有料観光地を兼ねると/龍脊棚田と程陽橋 中国 2005年(中国遊記番外編) 桂林から乗ったバスは二時間あまりで竜勝のバスターミナルに入った。桂林のそれに比べると、ゴミゴミとした雰囲気は変わらないものの、こじんまりとした敷地だった。そのバスターミナルで昼食をとったあと、英語を話す若い女性から名刺を渡され、彼女が指す一台の中型バスに乗り込んだ。はじめ客引きか何かかと思ったが、彼女はこのバスの車掌だった。 渡された名刺には、運転士?の名前と共に竜勝と景区を結ぶバスの発着時刻が、漢語と英語で記されていた。水墨画の風景で有名な桂林の影響からか、ここでも外国人の誘致に力を入れているということだろうか。乗客は若い中国人の男女が多い。地元の人も一人か二人いたようだが、ほとんどが観光客だった。 出発してから一時間ほど経った頃、バスは駐車場のような所で停車した。すかさずスーツ姿の男が若い女性を従えて車内に入ってきた。にこりともせず、「你好」と低く言った後、その銀縁眼鏡の男が何やら話し出した。もちろん言葉は分からなかったが、何か説明しているようだ。車内に不安と苛立ちの空気が漂い始めた。客の何人かが質問を投げかけるが、男は表情ひとつ変えず言葉を返した。徹底的に理論武装した、テレビに出てくる論客のようにも見えた。 やがて男が女性と共に、ひとりひとりの座席を廻り始めた。景区の入場料の徴収である。 ![]() Pingan/China 2005 ところでバスはこの後も走り続け、30分ほど経ってから景区の入り口に着くのであるが、ではなぜこの幹線道路沿いの中途半端な処で料金徴収となったのだろうか。 景区といってもここは棚田である。余所者にとってはともかく、地元の人にとっては何百年か続いた普通の生活の場である。もちろん鉄柵など施してあるわけではない。観光用の入場ゲートはいくつかあるが、全ての人の出入りをとてもカバーしきれるものではなかった。早い話が竜勝から来たとすると、左の車窓に棚田が見えたらそこで降り、適当な畦道を適当に登っていけば、棚田の中腹にある旅館群に着くことは可能である。そこで前もって、まだ棚田を窺うことの出来ぬこの幹線道路での徴収となったわけだと思うが。 ![]() Pingan/China 2005 この後僕は程陽という村に行くことになるのだが、そこには程陽橋という名所があった。もちろん有料である。料金所は幹線道路に沿った橋の手前に一箇所あるだけだった。しかしこの橋のすぐ手前に別の橋があり、そこを渡って迂回し、反対側から橋に入れば何のお咎めもなかった。しかもその別の橋の袂には比較的有名な宿があり、着いて直接その宿に向かう旅行者(とりわけ外国人)が後を絶たないようだった。 もちろん僕は料金を払ったし大抵の旅行者もそうすると思うが、僕も始めは有料であることに気づかず、実は30元の料金を払ったのは橋を渡った後だった。そのためだと思うが二日目だか村を歩いている時に、関係者と思われる男性から料金は払ったかと訊かれたことがあった。何ていうか中国的というか、何ともユルイ管理だと思ったものだ。 竜勝の棚田と同じくこの程陽橋も、元々という以前に今も生活の場である。この橋でいうなら、装飾が凝っているという視覚的な要素で名所になったに過ぎない(もちろん立派な芸術であることには違いないが)。 ![]() Chengyang/China 2005 善悪二元論ではなく、生活の場が有料観光地を兼ねると、こういう風になるという見方も出来るという戯言でした。僕にとっての中国観光の面白さのひとつに、運営というか観光地の仕組みを愚考するといったものがあります。日本人なら違う方法をとるだろうなとか、ちょっと考えられないなとか。とりわけ今回はそれを強く感じ、思い遊ぶことが出来ました。 |
こんな簡単な単語が通じなかった 桂林/guilin 2005年 - 重い荷物と無駄なプライドを背負って 龙脊梯田/longjititian 2005年
中国遊記 2005年
Travel Diary